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洋子さんに「ブログにあなたの詩を載せたから、見てね」と電話で話したら、自分ではパソコンの操作ができないとのこと。
機械オンチらしいです。
「絵も詩も素晴らしいから、詩画集でも出したら?わたしなら絶対買うよ」
「ええ?わたしは友だちや先輩後輩、病院に来た患者さんたちに見てもらえたらと思って描いてるだけだから」と。
何とも欲がないのです。
スピリチュアルの世界にはほとんど関心がないようですが、
「樹が私か、
私が樹か、
わからないように、なりたいです」
って、もうワンネスですよね。
そこへ至る道はちがっていても、みんな同じところへ行き着くのですね。(*^^)v

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「ありがたや、ありがたや」は、何かいいことがあったから言うのではないのです。
「ありがたや、ありがたや」をやっていても、腹の立つことは起こります。
まるで、「それでも、ありがたやって言えますか?」と試されているかのように。
それでも言い続ける。
「何があっても、ありがたや」なのです。
そうすると、呪文の力が効いてきます。
「あれ、何かすっきりしている!」と。
今までだと、その出来事にとらわれて腹を立て、心を黒い雲でいっぱいにしていたのに、ありがたやの呪文がその雲を払ってくれたことに気づくのです。
「ありがたや、ありがたや」は、ひとつの生き方なのです。
心の中で回し続けてきた不平不満の古いCDを捨てて、新しいピカピカのCDに取り換えるという決意なのです。

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今日から竿灯です。
6時頃になると、鳴り響き始める笛や太鼓の音に、ワクワクします。
わが家の両脇の道路を、竿灯を運ぶ行列が、竿灯会場へ向かうのです。
竿灯は8月3、4、5、6日ですが、6月に入ると町のあちこちで、お囃子の音とともに練習する光景が見られます。
わたしは、ここに引っ越して以来、毎年歩いて竿灯を見に行っています。
竿灯はいつ見ても感動しますよ。
町内会や企業の竿灯が230本も立って、パフォーマンスを繰り広げます。
子どものうちから、男の子は竿灯を、女の子は笛と太鼓を練習するんですね。
幼若、小若、中若、大若と、子どもからベテランの大人まで、バランスの妙技を見せてくれます。

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