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あなたはなぜ前世療法を受けたいのでしょうか。


子どもの頃から常につきまとう感情がある。

気になっているあの人と出会った前世を知りたい。

今、直面している問題解決のヒントを得たい。

未来の指針がほしい。


いろいろな理由があることでしょう。

そして、前世療法を受けることを、少しあるいはかなり怖いと感じているかもしれませんね。

わたしも、初めて東京に前世療法を受けに行ったとき、ものすごい勇気が必要でした。


初めて自分の前世というものを見た十数年前のあの日から、わたしは40回以上もの自分の前世を見ました。

その信ぴょう性を確かめるために、最初はランダムに次は年代を追って見たあと、年表まで作りました。

わたしの魂が転生した地域はヨーロッパからアジアまで、身分は王室にいたときもあれば破戒僧として野垂れ死にしたときまで、実にさまざまなものでした。

それらの中で幸せな前世はほんの二つ三つ。

ほとんどの前世は、地味だったり悲劇的だったり感動的だっり、戦争や災害にまきこまれたり早死にしたり、大して幸せとは言えないドラマの数々でしたが、わたしの心にこだわりは残っていません。


前世療法では、重要な出来事から臨終の場面までをたどり、中間生という所謂あの世に行って、今生きてきた人生を振り返ります。

この前世で気づいたこと学んだこと、その目的から今生の目的まで探っていったあと、神聖な光でこの前世のすべてを癒します。

気づき学び、光で癒したら、もうその前世からの影響は消えていきます。

前世を再体験することで、トラウマとなっていた感情が解放されるからです。


どんなに多彩な前世の記憶があるにせよ、それらの前世は自分が主演した映画のフィルムのようなものです。

どんな悲劇も死も、それはもう過ぎ去った映像なのです。

大切なのは、今あなたが生きているこの人生。


前世療法とは、あなたがより自由になり、今生を十分に楽しんで生きるためにこそ、体験するものなのです。

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不安、怖れ、自己否定、罪悪感、無価値観・・・・。

このサイクルにはまって脱け出せない。

でも、これらの感情や考えは、すべて本当のあなたではありません。


地球という三次元の世界に生まれてから身に着けたもの。

本来の自分ではないから、苦しいんですね。


でも、苦しいけど案外居心地がいいということもあるのです。

なぜかというと、ずっとこの思考サイクルを使ってきたから。

着慣れた服のようなもの。

ヨレヨレだけど着心地がいいのです。


そんな自分を鳥のように上空から見下ろせたら、ネガティブ・サイクルにはまってジタバタしている自分の姿と、周囲に広がっている光に満ちた世界が見えることでしょう。


ヒプノセラピーは、古い思考サイクルを捨てて、新しい思考サイクルを採り入れる方法のひとつです。

勇気を出して、狭苦しいネガティブ・サイクルから脱け出しましょう。


新しい自分を発見したら、新しいポジティブな思考サイクルを、それが身につくまで練習することです。

着心地のよい服になるまで。


そうすると、安心と喜びこそ本来の自分なのだと分かります。


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孫の話です。

水泳教室に通っているのですが、なかなかお友だちができません。

泳ぐのは大好きなので意欲的に取り組むのですが、ワイワイ楽しんでいる子どもたちの中に入っていきません。

自分から話しかけないので、ほかの子どもたちも話しかけてこないのです。


プールに向かう前の孫の緊張した顔を見ていると、みんなとお友だちになりたいのに、自分から働きかけることができない切ない気持ちが伝わってきます。

子どもながら、その切ない気持ちを、無関心を装った顔の下に隠しているのです。


小さな胸に小石がつまっているのだと思いました。

「お友だちに話しかけられないのは、ここに小石がつまっているからだよ。目をつむって胸を見てごらん。どんな石がある?」

孫は「?」の顔をしていましたが、目を閉じて言いました。

「黒い石」

「じゃあ、その黒い石、ポーンと飛ばしてみよう。石が飛んでいったら、すっきりしてお友だちと仲良くできるよ」

孫はニヤニヤ。

「さあ、1、2、3でポーンと飛んでいくよ。1、2、3!ほら、飛んでいったー」

ジェスチャーしながら、一緒に小石を飛ばしました。

その日から、孫はお友だちと話すようになり、今では仲良く泳いでいます。


子どもはイメージ力も豊かで、疑うことを知りません。

「こうなるよ」という言葉をそのまま信じるので、すぐに結果が現れます。

これは、逆に心を傷つける言葉もそのまま受け入れるということです。

子どもには、自信をつける言葉、自分を大切に思える言葉をかけてやりたいものです。😊

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時間ができたので、本棚にたまっていた本を次々読破しています。

その中の一冊。

「生還」死に直面した11人の記録

写真の本です。


難病、大ケガ、ガンで死を宣告された人の記録が一番多いのですが、奇跡の生還を遂げた人々に共通しているのは、「医者の告知を信じなかった」ということです。

彼、彼女らは、それぞれの言い方でこのように言っています。

「自分が死ぬなんて気はまったくしなかった。自分はきっと治ると信じていた」

これらの人々に奇跡の生還をもたらしてくれたのは、自分はきっと治るという強い信念と希望なのだということです。


その中のひとり、バーバラ・ドーソンさんについて著者はこう書いています。

「バーバラは希望を消さない医師を探そうと苦労した。彼女はウソの診断を求めているのではなかった。絶対の確信をもって、死の宣告ができるほど医学は生命の本質をまだ捉えていないと謙虚に認められる医師を求めていただけだ」


私事になりますが、わたしの夫が脳出血で倒れたのは、もう10余年も前のことになります。

そのとき、担当してくださったお医者さんが二人いらっしゃいました。

やっと集中治療室から出ることができた頃でしたか。

わたしは、二人の医師に一番気になっていることを尋ねました。

「夫は仕事に復帰できるかどうか」ということです。

仕事復帰は夫の人生だけでなく、わたしたち家族、特にわたしの人生に大きくかかわる問題でした。


ひとりの医師Aさんには、問題にもならないという表情で、こう言われました。

「そんなことは考えずに、まず車椅子で生活することを考えてください」

ところが、もうひとりの医師Bさんは、こう言ってくださったのです。

「復帰も可能です」


夫の左半身麻痺はかなり重症だったので、A医師の言葉も無理のないものでした。

でも、このとき、わたしはA医師の言葉を却下することにしました。

「復帰も可能です」というB医師の判断を採用することにしたのです。

先の見えない闇の中で、「復帰も可能です」というB医師の言葉の放つ光を頼りに、夫もわたしもその言葉を信じつづけました。


そして、1年3カ月もの長い休職のあと、夫は1カ月だけ半ドンで働いたあと、フルタイムで仕事に復帰することができたのです。

夫は退職まで一年を残し、7年間車椅子で働きつづけることができました。

もちろん、職場復帰は、病院のスタッフの方々、職場の方々の支えがあってこそのことでした。


でも、あのときA医師の言葉を鵜呑みにしていたら、夫は復帰できなかったのではないかと思うのです。

あのとき、どうなりたいかという気持ちに基づいて、どちらの医師の言葉を選ぶか決断したのが良かったのだと思います。


思い返すたびに、深い感謝の念が湧いてきます。

神に感謝、支えてくださった方々に感謝、感謝です。


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昨日は束の間吹雪いたりしていましたが、日に日に春めいてきました。
今日は秋田の海辺のフォト特集です。

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海辺にはいろいろな流木が打ち上げられていて楽しめます。

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この石、置いてあるのではありません。流木ががっちり抱え込んでいるのです。

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小さな薄紫の花、こんにちは。

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石ではなく、土の塊なんです。

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きれいな草?たぶんビニールの敷物がこんな姿に。海辺にはプラスチック製品の残骸もたくさん落ちています。

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昼寝しているアザラシ😊

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ダリの絵ですか?

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海と川が出合うところはいつも波立っています。

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海岸にはいい感じに摩滅した色とりどりの石が。

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踊り子草が小さな花を咲かせていました。