そろそろ冬季オリンピックも終盤。
このオリンピックでは、感動シーンがたくさんありました。

ケガをして復活した選手たちの活躍にも感動しましたが、一番心に残った人は小平奈緒さんでした。
すごい記録を出したあとも、まだ競技のある選手たちに配慮し、口に指を当てて観客を静めたシーン。
両手を広げて、滑り終わった李相花選手を迎えたシーン。
自分を表現する三つの言葉を訊かれて、「求道者」と答えた小平奈緒さんは、本当に求道者なのだと感じました。
スケートを通して「道」を求める思いがあるから、自分の勝利だけに酔いしれることなく、他者に対して配慮することもできるし、尊敬の念を抱くこともできるのでしょう。

小平奈緒さんのように、「求道」を意識していなくても、すべての魂は、肉体を持たなければ経験できないことを経験するために地球に生まれきます。
スポーツ、ビジネス、芸術、労働、恋愛、家族、病気・・・みんな、地球でいっぱい経験して光に戻っていくんだなあと思います。(*^-^*)

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ザギトワ、メドベージェワ、オズモンドに続いて、宮原知子、坂本花織は4位と5位。
毎年フイギュアスケートを見ていますが、こんなレベルの高い大会を見たのは初めてです。
オリンピックという大舞台で、みんな大きなミスもなく、持てる力を発揮できた感があります。

それにしても、ザギトワすごかったですね。
まるで氷の上でバレエを踊っているみたい。
文句のつけようがありませんでした。
メドベージェワも、さすがと思わせるような演技でした。
二人の差はわずか1.34というのも頷けます。

優雅に見えても、フイギュアスケートは身体を酷使するスポーツでケガはつきもの。
メドベージェワもオズモンドも、宮原もケガで休養を余儀なくされたあとの大会でした。
却って、それが良かったのかも。
ケガをしたあとは、どこか力がぬけているように見えます。
「絶対にメダルを取らなければ!」というメダルに対する執着よりも、氷上にカムバックできたことに対する感謝のほうが大きかったのかもしれません。
力がぬけたところに、ベストを尽くそうという思いがあり、そこにスケートの神様が降りてきたのではないでしょうか。
どんなに一生懸命練習していても、上手くいかないこともあるし、転ぶこともあります。
一人ひとりが存分にその力を発揮できたのは、実力プラス目に見えない力が働いたとしか思えません。
素晴らしいものを見せてもらいました。
メダルに関係なく、みなさんおめでとう!と言いたいです。


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今朝、目覚めて窓を開けたら、窓の外には美しい冬景色が広がっていました。
それなのに、なぜか気分が重たい。
思い出しました。
昨日、昔のことを思い出して、ちょっと家人にチクッと意地悪な言葉を投げてしまったのです。
嫌だなあ、そんな自分。

そこで、起きてきた家人に言いました。
「あ、昨日イジメてごめんね」
その一言で、もうすっきりと自分の見ている世界が変わります。
言葉ひとつでネガティブな世界がポジティブな世界に変わるのです。

やってみてください。
言葉には力があります。
いつまでも、こだわっていないで。
ほら、声に出して。

気持ちの切り替えを得意技にすると、すごーく楽に生きていけます。(*^-^*)

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羽生結弦さんがオリンピック2連覇を成し遂げました。
4回転ジャンプも、とても2週間前から練習したとは思えない出来栄えで、本当にすごいなあと思います。

何度もケガから復活してきた、この精神力の強さはどこから来るのでしようか。
彼のスケートに対する並外れた情熱は、前世から持ち越した強い動機から生まれたものかもしれません。

スケートをしたかったのに、ケガあるいは何かの事情でスケートを続けることができなかった前世があると、「次の人生では絶対スケートをする!」という強い動機をもって生まれ変わってくることがあるからです。
前世で成しえなかった課題が、今生の目的として持ち越されるのです。
わたしたちが「どうしてもこれをやりたい」とか「これをすることに大きな喜びを感じる」ということは、魂の目的と結びついています。
そして、魂は、その目的を達成するのに、最適の環境 (国、年代、親など) を選び、人生のあらすじを描いて生まれてきます。

羽生結弦さんにも、「どうしてもスケートをしたい!」という強力な魂の動機があるのかもしれませんね。

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昨夜というか今朝がた、眠れなかったので、こんな遊びをやってみました。
並行宇宙つまりパラレルワールドにいる自分とつながるワークです。

すると、見えてきたのは雪をかぶった古い家。
雪の重みで屋根も庇もたわんでいます。
「えーっ、こんなボロい家に住んでるの?いやだなあ」
と思いました。
でも、家の中に入ってみました。
コンクリートの流し台の脇に洗った食器が雑然と積み重ねられています。
コンクリートの流し台だなんて、やはり古い家なんだなあ。
さらに奥へ進み、黒光りした板の間へ。
部屋の真ん中に囲炉裏が、そして囲炉裏の上にかけられた鍋がぐつぐつ煮えています。
鍋の中身は、大根やら何やらの味噌煮込みらしく、とても美味しそう。
そして、囲炉裏のそばに坐っている、ちゃんちゃんこを着た痩せた老人が、どうやらわたしのようなのです。

老人は、家族もお金も無く、この古い家で一人暮らしのようです。
でも、老人の心はとても静かで安らか。
生きることに対する感謝と喜びにあふれています。
彼は、誰かに看取られることもなく、この家で一人静かに死んでゆくのかもしれません。
それでも、満足なのでしょう。

わたしたちは、人やお金や仕事や遊びなど、自分を幸せにしてくれるものを自分の外に求めます。
でも、それらのものが完璧に自分を満たしてくれることはありません。
パラレルワールドにいる老人は、何も無くても只生きていることに感謝し喜びを感じる境地に至っているようです。

パラレルワールドで生きる自分はたくさんいるはずなのに、この老人とつながったのは、今のわたしが老人が達した境地を求めているからなのでしょう。

並行宇宙に、こんな自分がいる。
うれしくなりました。


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